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インド鮪同好会

■ 焼津人(びと)の「インド鮪」への熱い思い。

第二次世界大戦後の焼津は、インド鮪漁とともに発展してきました。

戦前、遠洋漁業の基地として栄え、缶詰や加工工場も林立していた焼津。
しかし戦争が終わったとき、軍による漁船の徴用のため漁船は壊滅し、また戦後にはアメリカにより遠洋漁業が禁止され、その栄光はすっかり過去のものになっていました。しかし1950年ごろ遠洋漁業の禁が解けると、日本船はオーストラリアをはじめ太平洋全域に漁場を求めて出かけていくようになりました。(ビキニ環礁で水爆実験により被爆した焼津船「第五福竜丸」もそんな中の一隻です。)このとき初めて日本人はオーストラリア沖で、インド鮪に出会ったのです。

今から考えると笑い話のようですが、その当時初めて出会ったインド鮪は、今まで見たこともない姿なので、「本まぐろとめばちまぐろのあいの子」なのではないか、などと考えられていた時期もあったそうです。

そしてインド鮪との出会いは、新しい美味しさとの出会いでもありました。インド鮪には、今まで日本人が知っていた本まぐろとも、めばちまぐろとも全く違う、未体験の美味しさがあることに気づいた人々がいたのです。

そんな中でも、焼津港所属のマグロはえ縄船は、先陣を切ってインドマグロの漁場を開拓していきました。冷凍技術の向上により高い鮮度のまま遠洋からインドを持ち帰ることができるようになったことも背景にあり、昭和30年代にはインド洋に、40年代後半には、南緯40度以南のケープタウン沖やタスマニア沖、ニュージーランド沖にも進出し、焼津は、インド鮪主体の操業体制を確立しました。

戦前からの水揚げ施設や工場群を擁する焼津は、瞬く間にこれら水域へのまぐろ船の水揚げ港として重要な存在になり、1956年に焼津は水揚げ高日本一となったのです。
現在でも、日本船のインド鮪の9割は静岡県で水揚げしており、 焼津と清水がその9割を占めています。

やがて、東京オリンピックが開催された昭和30年代以降、高品質のインド鮪は、その鮮やかな赤色と上品ながら濃厚な甘い脂、豊かな旨みが、「寿司との相性が抜群」と、特に高級寿司店から評価され、全国的に高い評価を受けるようになりました。
自分たちが「最高」と思う食材を、全国の食のプロや食通たちがやはり「最高」と共感してくれる、ということです。
これほど魚稼業冥利に尽きることはありません。それが焼津人の喜びであり、また誇りとなりました。
戦争による遠洋漁業の壊滅から、戦後の焼津復興を担ったのがインド鮪。そしてその中核は、「焼津が見つけた新しい美味しさ」だったのです。

ですから、焼津で「マグロといえばインド鮪」というほど、「インド鮪」は、焼津を象徴する大事な存在です。
70年近くにわたって、本まぐろとは全く異なる個性を持つその絶妙な食味を、焼津人の誰もが愛し続けています。

魚屋さんや鮨屋さんは「インドまぐろは焼津の看板」と言います。
戦前戦後を通じて焼津にあり、焼津港の歴史とともに生きてきた私たちマルイリも、もちろん思いをともにしています。
いえ、「看板」というよりもむしろ「焼津の宝物」と言っても言い過ぎではないでしょう。

■ 現代日本人が、「インド鮪」を知らない理由とは

戦後、昭和の時代を通じて全国に名を轟かせた「焼津のインド鮪」。
しかし現在、その知名度は低いと言わざるをえません。
その原因は、「サスティナビリティ(持続可能性)」にありました。

時代が昭和から平成に変わる頃、漁獲がそれまでの半分以下に落ち込んでしまったのです。
それはインド鮪の個体数が激減してしまったからでした。
90年代初めには、インド鮪はそれ以前の50年間で92%もの個体減少が起こったとされ、
94年には絶滅が危惧されるレッドリストに載りました。
同年、それを受けて主要な漁業国だった日本・オーストラリア・ニュージーランド三国によって「みなみまぐろ保存委員会」が設置され、資源管理への取り組みが本格化し、その後は厳重に管理された基準のもと、現在に至るまで20年以上にもわたる漁獲抑制期間が続いています。

しかしその間も高級寿司店などの高い需要があったことから、超希少となったインド鮪は、ハイエンドの料理店のみにだけ高値で提供されるものとなり、一般の人々の目に触れることはなくなってしまったのです。
今、ほとんどの日本人が「本まぐろ」は知っていても、「インド鮪」を知らないのは、このためです。
平成期以降の20年あまりは、インド鮪にとっても、「失われた20年」だったのです。

インド鮪の存続を危機に陥れてしまったその代償が、「多くの日本人が、その美味しさを忘れてしまったこと」だったのです。
インド鮪は水産資源の貴重さと保護の必要性を、身をもって教えてくれたのでした。

■ 規制緩和が実現!今こそ知ってほしい、焼津発「天然インド鮪」の美味

しかし近年、漁獲規制の効果があらわれ、インド鮪の個体数は回復しつつあります。
このため、2014年から2015年にかけて日本の漁獲枠が3,403トンから4,847トンへと大幅に増加し、インド鮪は従来よりもっと手に入りやすくなりました。

一方で、長く続いた漁獲規制期間中、まぐろの畜養技術が進歩し、少量ですが畜養インド鮪が出回るようになっています。でもその食味は今のところ、焼津人が愛し、一流の寿司職人や食通が愛する「天然インド鮪」には遠く及びません。

長く忘れられた焼津の誇り「天然インド鮪」を、手に入りやすくなった今こそ、全国の皆さまに知って欲しい。
私たち焼津人が発見し、追求し、愛した、優れた味を皆さまにも味わって欲しい。
それが私たちマルイリの願いなのです。

■ 本まぐろとは全く異なる個性。インド鮪の美味しさとは

インドマグロはインド洋および南半球の沖で獲れるマグロ。一般には南マグロとも呼ばれますが、焼津の人々にとっては、昔から地元で呼びならわされた「インド鮪」の方がしっくりくるのです。
ホンマグロは大きいものだと全長3メートル、体重400キロ以上になるものもありますが、インド鮪は大きくても体長2.2メートル、体重は160キロそこそこ。
だから本マグロより繊維が密で細かく、そのため味がしっかりしており、鉄分が多いため身色は鮮やかな赤色となり、赤身とトロの境目がはっきりしています。
脂の質はやわらかで、上物なら大トロの部分のスジさえ口の中でとろけるほど。

本まぐろとの食味の大きな違いは「香り」と「酸味」。
この二つは本まぐろが好きな方にはたまらない要素ですが、「クセ」と感じる方も多いものです。インド鮪にはこの「クセ」がありません。
もうひとつ、「脂」も違います。本まぐろの脂はずっしりと重厚感がありますが、インド鮪の脂は繊細。ねっとりしていても、口の中でさらっとした感じに変わっていきます。それに加えて、脂に快い甘みがあるのも特徴です。
また、繊維が密で引きしまった赤身は、鉄分が多いため深い味わいで、しかも口に入れるととろける様な食感です。

そんなインド鮪の特徴を最も発揮するのが「寿司」。
本まぐろより鮮やかな赤色は寿司飯に映え、たっぷりの甘くて繊細な脂と、旨みの乗ったねっとりした赤身は口の中で、きりっとした酸味とお米ならではの豊かな旨みと甘さの寿司飯と、極上のハーモニーを奏でます。
古くから高級寿司店でインド鮪が珍重されてきた所以です。

とはいえ、本まぐろとインド鮪。どちらが上とは言えません。
ただ言えることは、最高の状態のものなら、どちらも極上であることです。

本まぐろとは別の、焼津が見つけ、育み、愛し続ける「もう一つの極上」を、ぜひご体験ください。

■ ここが違う!天然本まぐろと 天然インド鮪

人気の本まぐろと「通」だけに知られて来たインド鮪。
寿司屋さんの世界では、「香りと味を楽しむのが本まぐろ、色と味を楽しむのがインド鮪」と言われています。

それでは、実際にはどこがどう違うのでしょうか。2つの個性の違いを表にしてみました。
2つの「極上」、あなたはどちらに惹かれますか?

 

  天然本まぐろ 天然インド鮪
赤身の色 濃い赤色 鮮やかな赤色
旨みと酸味・渋みのバランスが良い
コクと重厚感がある
濃醇な旨み・甘み
コクがありまろやか・繊細

しっかりした濃厚さ。

ねっとり濃厚だが軽く、甘みがある
香り 独特の香り 穏やかな香り
味のイメージ 重厚かつ上品
濃厚・ずっしり・がっちり

濃醇だが軽快・まろやか・繊細
優美でふくらみがる。


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